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資生堂書体の開発、企業文化誌『花椿』の発行、そして資生堂ギャラリーにおける横山大観、梅原龍三郎といった画家の展示など、資生堂は、化粧品のみならず、これまで日本の「美」をリードしてきた。さらに、いまや、資生堂の商品は世界88の国と地域で販売されており、資生堂を通じて「日本の美意識」に触れる外国人も数多いのだ。

そこで、資生堂では、宣伝部員たちが茶道、狂言、囲碁、絵画など日本の伝統文化に刻まれた美意識を学ぶために、1年がかりの連続ワークショップ「日本の美の創りかた」を開催している。諸外国には見ることのできない美意識に、座学のみではなく実際の体験を通して迫ろうというこの企画。外国人でありながら日本の伝統文化に飛び込んだ講師たちを招聘することによって、外国人の目を通して発見されたその真髄を学ぶというかたちも、資生堂ならではだろう。

本稿では、6~8月に行われた「茶の湯」と「狂言」のワークショップの様子を社員の声を交えながらレポート。いったい、日本文化が持つ類まれな美意識の本質とは何だろうか?そして、広告領域で活躍する資生堂宣伝部員たちは、このワークショップを通じてどのような「気づき」を得たのだろうか?

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訪日外国人のために銀座や浅草で体験教室が開催されるなど、「茶の湯」は日本を代表する伝統文化として知られている。カナダ人の茶道家・ランディー・チャネル宗榮氏は、その身体所作に魅力を感じ、1993年に裏千家の門を叩いた人物。いまでは、裏千家準教授の資格を持ち、世界に茶の湯の魅力を発信している。1回目のワークショップは、そんなチャネル氏を講師に迎え、東京の高田馬場にある茶道会館で行われた。

「日本の伝統文化」と言っても、実際に茶の湯を体験したことがないどころか、茶室に入ったことすらない日本人が大半だろう。そんな「近くて遠い日本文化」という距離感は、資生堂宣伝部の社員たちも変わらない。戸惑いながら茶室の敷居をまたいだ参加者たちに対して、チャネル氏はユーモアを交えながら、「茶会」と「茶事」の違いや、濃茶と薄茶の違い、そして茶の湯における客のもてなし方などを解説した。

講師のランディー・チャネル宗榮氏

なかでも、多くの参加者たちの心に刻まれたのは、茶道におけるコミュニケーションについての話。一般に、茶の湯といえば、どこか形式張って堅苦しいイメージを持たれている。しかし、チャネル氏は、「主人から客へのもてなし」とその本質を解説し、歩き方、お茶の出し方、茶碗の持ち方、お茶の飲み方など、その所作の一つひとつに深い意味があることを教える。そんな所作を身につけることによって、主人から客へ、客から主人へと、双方向のコミュニケーションが生まれるのだ。

現代では「ホスピタリティー」とも言われる「もてなし」だが、あれこれと世話を焼けばもてなせるわけではない。茶の湯の世界では、言葉少なに美しい所作で振る舞うことによって、気持ちよくしい空間を共有する。それによって豊かな「関係性」を生み出すことが「もてなし」の真髄なのだ。

普段から、広告やパッケージなどで消費者と常にコミュニケーションを取り合っている宣伝部の社員にとって、茶道が持つ現代とは異なったコミュニケーションのあり方は、カルチャーショックといえるほどの驚きを与えた。

ランディー氏の話しに耳を傾ける資生堂宣伝部員

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しかし、座学だけでは、そんな美意識も机上の空論。ワークショップの後半、宣伝部員たちは、実際に主人と客の役割をこなしながら茶の湯を体験することで、その美意識を身体に焼きつけた。もちろん、チャネル氏の丁寧な解説を受けても、初心者たちの所作はぎこちない。チャネル氏からアドバイスを受けてあくせくしながらお茶を点てる主人と、間違っていないか不安になりながらお茶をすする客。もてなしの心と、その美しい所作で心を通わせるのは、簡単なことではないようだ。

やっとのことで一服したお茶の香りは、じつに優雅なもの。しかし、突然にチャネル氏は「ちょっと貸して」と、参加者が口をつけた茶碗を手もとに引き寄せると、「背中伸ばして、胸張って、と、独特の気合いを入れながら、社員が点てたそのお茶を点て直す。

「飲んでみて」

チャネル氏が点て直したお茶を一服すすった途端、参加者からは「んー」と言葉にならない声。かき混ぜ直しただけなのに、空気を含んだお茶の味は、渋みがなくふんわりとまろやかな甘みへと激変したのだ!プロと初心者の点てたお茶の違いを実感する出来事だった。

茶道の所作を学ぶ

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「型」と呼ばれる形式の数々は、必要によって生み出されたもの。茶碗を回して飲むのは茶会のために器を選んでくれた主人に対しての礼の気持ちであり、無駄のない動きは優美な動作で相手をしませたいという気持ちの現れ、そして姿勢を正してお茶を点てることはまろやかな味わいのお茶を生み出すために欠かせないことだった。単なる形式主義ではなく、中身を伴った形式であるからこそ、茶の湯の美意識は、これまで何百年にもわたって受け継がれてきたのだろう。

ランディー氏がお茶を点て直すと、味が激変した

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そんなワークショップを受け、参加したアートディレクター西本歩は、「私たちも普段、『送り手』と『受け手』という関係を常に意識した仕事をしていて、決して一方通行では成り立たないコミュニケーションを扱っています。茶の湯の世界の動作、言葉の一つひとつにいろいろなヒントがありそう」と感想を語った。

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わずか半日の時間で、深い茶の湯の世界から見れば「氷山の一角ですらない」(チャネル氏)というこの日のワークショップ。しかし、実体験を通して学ぶことによって、参加者たちは「わかりやすさとスピードが求められる現代に、茶の湯の思想をどういかしていくかを考えさせられた」(デザイナー久我遼佑)、「デザインの世界では、使う相手の顔は見えません。けれども、そのお客様のことを想像しながら、おもてなしの気持ちでデザインをしていきたいと思いました」(アートディレクター渡辺雅子)と、資生堂に持ち帰って考えるべき課題を受け取った。

そして、さらなる伝統文化の世界に触れるために、宣伝部社員たちが後日訪れたのが、神坂にある矢来能堂だった。

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8月に行われた2回目のワークショップは、いまからおよそ650年前の室町時代に誕生した「狂言」を学ぶ講座。チェコ人狂言師のヒーブル・オンジェイ氏は、2002年に能師である茂山七五三氏に師事。日本のみならず、母国チェコでもセミプロ劇団「なごみ狂言会チェコ」の代表を務め、国内およびヨーロッパ各地で狂言の公演を行なっている。

しかし、茶の湯と同様に日本人でも狂言に馴染みのある人は決して多くない。外国人ながら、そんな狂言の世界にのめり込んだヒーブル氏は、いったいどこにその魅力を感じたのだろうか?

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冒頭はヒーブル氏による狂言の解説

ヒーブル: 狂言は見ている人を傷つけず、美的な側面も保ったコメディーです。世界中にコメディーの演劇は数多くありますが、一般的に下品なものになりがち。笑わせる側面と、美的な側面とが融合したコメディーというのは、世界中でも狂言しかないのではないでしょうか。
チェコ人であるヒーブル氏の解説を通して狂言を見てみると、あらためて、その特殊な様式に気づかされる。舞台上には何も存在せず、語りと身体の所作のみで曲(作品)の世界がつくられる。狂言の世界は、狂言師の表現力のみならず、観客の想像力をも必要とするのだ。そのため、狂言師たちはセリフや動きの間を駆使しながら、観客の想像力に対して働きかけている。茶の湯が主人から客への一方的なコミュニケーションではないのと同様に、狂言もまた舞台から観客への一方的なコミュニケーションではないのだ。

この日のワークショップでは、参加者のうち、自ら手を挙げた6人が格式ある矢来能堂の上で狂言を体験。狂言独特の腰を落とした立ち方、歩き方や、酒を注いで飲み干す所作、さらには『柿山伏』という作品のなかの一幕を稽古した。もちろん、一朝一夕にできるわけもなく、ぎこちなさや恥ずかしさに思わず参加者自ら失笑してしまうなど、初めて体験する狂言の世界の難しさを痛感した。

ヒーブル氏は、そんな型の一つひとつを伝授しながら、参加者に対して「動きすべてに意味がある」と話します。例えば、前に傾いた立ち方によって緊張感が生まれ、観客は狂言師を自然と注視してしまう。また、ゆっくりとしたペースから段々と速度を増していく歩き方は、「序破急」と呼ばれる狂言の展開にならっている。「型」と呼ばれるその振る舞いのすべてには深い意味があり、狂言の美意識が詰め込まれているのだ。

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社員6名が舞台に上がり、腰を落とした独特の歩き方をご指導いただいた
『柿山伏』の稽古を受ける様子

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では、狂言師たちはどのように「日本の美意識」を体現しているのか?この日は『柑子(こうじ)』という狂言がヒーブル氏と、茂山七五三氏の長男である能師・茂山宗彦氏の二人によって演じられた。前夜の宴会で主人のお供をした太郎冠者(召使い)が、主人から預かった「三つ成りの柑子(みかん)」を食べ尽くしてしまったことから始まるこの作品。

主人から柑子のありかを尋ねられた太郎冠者は、あれこれと言い訳を重ねる......という滑稽なストーリーに笑わせられながらも、迫力のあるセリフや歩き方の美しさにうっとり。まさに日本の伝統文化の真髄がそこにはあった。

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ヒーブル: 能師の観世寿夫(注:昭和に活躍した観世流シテ方)は「オリジナリティーは二流・三流の能師に必要なもの。一流はオリジナリティーではなく完璧を目指す」と語っていました。オリジナリティーがもてはやされる時代であり、古典とされるシェイクスピア演劇でも、時代に合わせてドラッグ中毒のハムレットを登場させるなど、人物像を捻じ曲げることは多い。けれども、それらの改変は本質を掴んでいるとはあまり思えません。それは、「型破り」ではなく「形なし」なのではないでしょうか。

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つねに最新であることや最先端であることが要求される宣伝や広告の世界では、オリジナリティーは「前提」とされる。しかし、狂言を通じてオリジナリティーを見れば、まったく違った世界が見えてくる。ヒーブル氏の話を受け、デザイナー久我遼祐は「自分は常に新しいものを求めて制作してきましたが、狂言師は毎日同じものに向かって努力を重ね、芸術を生み出しています。自分と異なる考え方でものづくりをしている方の話を聞くことによって視野が広がりました」と、刺激を受けていた。

また、この日、「オリジナリティー」とともに、深い印象を与えたのが「丁寧さ」という言葉。普段、私たちが何気なく使っているこの言葉も、じつは日本独特の概念であり、ヒーブル氏は「日本語の『丁寧』に似た言葉はチェコ語にもありますが、完全に翻訳することはできません」と、その独特なニュアンスを語る。

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茶道と狂言という2つの伝統文化に触れた参加者たちは、想像力のほかにも、「もてなしの心」や「関係性」「丁寧」「型への意識」といったキーワードの数々を掴みながら帰路についていった。

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Profiles
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    チェコ人の狂言師。1996年に国立カレル大学日本語学科に入学。2002年に同志社大学大学院国文学科に入学と同時に、能師の茂山七五三氏に師事。チェコ共和国の劇団「なごみ狂言会チェコ」の創立メンバーで、現代表を務める。現在も茂山七五三氏に師事し、狂言役者として修業を積むかたわら、ヨーロッパ各地で狂言公演を開催している。
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